ウミホタルについて

ウミホタルVargula hilgendorfiiの生態・生活史

生息場所、分布

ウミホタルは砂地の浅海に生息し、海底付近を遊弋する遊泳性ベントス生物です。 歩くための付属肢を持たず、第2触角を使って遊泳します。 海面近くまで浮上する事はあまりなく、基本的に海底付近を這う様に泳ぎ回っています。

低塩濃度で生存率が低下する(Irie, 1953)ため大きな河川の近傍にはあまり生息していない様です。 日本国内では北海道と青森〜福島の太平洋岸を除いてはほとんどの地域で採集報告があります。水質悪化のためか過去の記録に比べるとかなり少なくなっています。日本国外ではマレー半島での採集報告があります(Müller, 1912)。 近縁な発光性ミオドコーパ類は東南アジアやカリブ海、オーストラリアなどに多くの種類が生息しています(e. g. Haneda, 1972; Morin, 1986)。

活動リズム

活動時間

一日の間では昼間は砂に潜って休んでおり日が沈むと活発に活動します。 基本的に照度で活動するかが決まる様で、日光が直射する場所と陰になる場所では活動開始時刻に大きな差があります。

月齢に伴う変動

長期的な活動リズムとして沿岸生物の多くは潮汐サイクルに合わせた生活リズムを示しますが、ウミホタルについては月サイクルとの一致が見られます(Saigusa and Oishi, 2000)。満月の前後にあまり採集できなくなる事がよく知られていますが、これは放仔をひかえたメスでは胚サイズの増加によって消化器が圧迫され、あまり餌を食べないためであると考えられます。

年間の変動

一年の間では春先から秋の終わりにかけて活発に活動します。冬季には水温の低下のために活動が低下しますが、あくまでも活発でないというだけで冬眠している訳ではありません。 ウミホタルの生息深度は季節的に変動し、暖かい時期には岸辺にも生息しますが、冬期に水温が下がると沖の深い場所に移動します(中村, 1954)。 水温が上がってくる春先に浅い場所に移動し、逆に水温が低下する時期にはより深い所に移動しているとみられます。

食性

ウミホタルの摂食

基本的にスキャベンジャであり動物の死骸等の肉類を食べていると考えられています。 しかし貝やゴカイなどには盛んに攻撃を仕掛けますし、ヒラメに対する食害(日本海区水産研究所, 2005)も報告されている事から実際には生きた生物に対してもかなり活発な捕食活動を行っている様です。

右の写真はカニカマボコに群がるウミホタルです。 餌の匂いを感じると泳いで接近し、とりついて第3肢と第4肢を用いて少しずつちぎり取って飲み込んでいきます。

繁殖、成長と寿命

求愛、交尾
ウミホタルのオスがメスを捕まえる画像

オスは発光ディスプレイによってメスを誘因して交尾を行います。 交尾は精子を収めた精莢をメスに渡す事で成立し(Irie, 1953)、メスは貯精嚢に精子を蓄積して一度の交尾で複数回の受精が可能です。

右の画像は左側のオスが右側のメスにアプローチしているところです。 オスの第1触角には吸盤が備わっており、これを使ってメスを捕まえる事ができます。 メスの消化器官の側面に形成中の卵が見えます。 この後、左右の第一触角を交互に吸着させたり放したりしながら上手にメスの腹側に回り込んでいきます。

産卵
卵をもったウミホタルのメスの画像

メスの消化器官の左右両側面に卵巣があり、ここで卵形成が行われます(Ikuta and Makioka, 1999)。

オスと異なりメスの背甲後部にはegg pouchと呼ばれる空間があります。 成熟した卵はここに放出されます。 一度に30-60個の卵が一度に放出されます

卵は最初長径0.3mm程度の大きさですが、発生の進行と共に一回り大きくなります。 発生しつつある胚はメスの第7肢で清掃され、清潔に保たれます。

胚発生
ウミホタルの発生過程

右の写真はウミホタル胚の発生過程です。 ウミホタルは甲殻類に比較的近縁な節足動物ですがノープリウス期を持たず、5対の付属肢がほぼ同時に形成されるという特異な発生過程を示します(Wakayama, 2007)。 

産卵から孵化の間、発生に要する期間は水温により変化しますがおおむね半月ほどを要します。 図のオレンジ色のラインで胚を包んでいた外側の膜が剥がれ、緑色のラインでもう一枚の膜が破れ、孵化します。 背甲は孵化後に展開し、それまでの倍以上のサイズになります。 

写真の最後(j)は遊泳を開始した幼体です。 背甲がまだ展開しきっておらず、やや曇っています。完全に展開、硬化した背甲は成体の背甲と同様に透き通っています。

孵化

右の動画はウミホタルが孵化する様子で、Wakayama (2007)の画像の元となったものです。 本来はメスのegg pouchの中で孵化しますが、この胚は撮影のために取り出されています。

尾部を盛んに動かし、背側後方に生じている膜の破れ目から後方へと抜けていきます。 孵化後しばらくまで背甲は展開しておらず、また硬化もしていません。 この動画では背甲前端部が折りたたまれたままになっているため、第一触角が基部まで露出しています。

胚発生が終わり遊泳が可能になった時点で幼体はメスのegg pouchから出て独立した生活を開始します。 遊泳を開始した1齢幼体は体長こそ1mm弱と小さいものの、すでに成体とほぼ同じ形状を持ち、第7肢が未成熟な事と交尾器を持たない事を除いては成体と大差ありません(Hiruta, 1980)。

成長過程
ウミホタルの個体発生

ウミホタルは脱皮によって成長します。 右の画像は各成長段階のウミホタルを大きさ別に並べたものです。 上段が成体♀と♂。 下段が幼体で、左から1〜5齢と並んでいます。 スケールバーは1mm。

孵化後の幼体は成体と同様の食性や行動を示します。 脱皮ごとに体長が約1.3倍になり、数ヶ月の間に5回の脱皮を行って成体になります。 5齢幼体では雌雄差が明確に見出される個体もありますが、4齢より幼い場合には外観での雌雄判別はできません。

脱皮前のウミホタルの画像

右の画像は脱皮直前の4齢幼体。 スケールバーは1mm。

脱皮直前の個体は摂食を行わず、また背甲が白濁しています。 脱皮直後の個体は孵化直後と同様に背甲が硬化しておらず白濁していますが、しばらくすると透明になります。 

脱皮は成長過程においてのみ行われ、成体は脱皮を行いません。 成体になってからは半年以上生きる様です。 越冬したオスのほとんどは春先に交尾した後すぐに死にますが、メスは貯精した精子を用いてその後も何度かにわたり産卵を行います。 長く生きている個体は体表に原生動物などが付着している事が多く、容易に見分ける事ができます。

References

Hiruta, S. (1980) Morphology of the larval stages of Vargula hilgendorfii (G. W. Müller) and Euphilomedes nipponica Hiruta from Japan (Ostracoda: Myodocopinan). J. Hokkaido Univ. Edu. IIB. 30: 145-167.

Irie, H. (1953) Some ecological experiments on "umi-botaru" (Cypridina hilgendorfii G. W. MUELLER). Bulletin of the faculty of fisheries, Nagasaki University 1: 10-13. [In Japanese]

Müller, G. W. (1912) Ostracoda. R. Friedländer und Sohn. Berlin.

Saigusa, M. Oishi, M. (2000) Emergence Rhythms of Subtidal Small Invertebrates in the Subtropical Sea: Nocturnal Patterns and Variety in the Synchrony with Tidal and Lunar Cycles. ZOOLOGICAL SCIENCE 17: 241-251.

Wakayama, N (2007) Embryonic development clarifies polyphyly in ostracod crustaceans. Journal of Zoology 273(4) 406–413.

中村中六 (1954) ウミホタルCypridina hilgendorfii G.W. Müllerの生態に関する研究 日本水産学会編, 水産学の概観. pp 108-127.

日本海区水産研究所 (2005) 最近の研究紹介.