ウミホタルについて

ウミホタルVargula hilgendorfiiの発光能力

発光物質を放出するウミホタル

ウミホタルは発光生物としてよく知られています。 右の画像は発光物質を放出している様子です。 ここでは、ウミホタルの発光能力に関して幾つかの側面から解説します。

発光のシステム

ウミホタルの発光

ウミホタルが用いている発光物質は基質ウミホタルルシフェリンと酵素ウミホタルルシフェラーゼです。発光物質は上唇内の分泌腺で生成される顆粒に含まれています。ウミホタルは必要に応じて分泌腺から発光物質を射出します。海中に射出された酵素、基質は海水中の酸素と反応して波長460nmの青色光が発生します。

ルシフェリン構造式

右図はウミホタルルシフェリンの構造式です。イミダゾピラジノン誘導体で、この物質が酸化される事で青色光が生じます。

ウミホタルのルシフェラーゼは分子量約62,000のタンパク質です。555のアミノ酸残基を含んでいます。

ルシフェリン、ルシフェラーゼという物質名は生物発光に関与する基質と酵素の一般名称です。そのため、ウミホタルのルシフェリンおよびルシフェラーゼは昆虫のホタルが利用している同名の物質とは全く異なる物質です。反応系も異なっており、ホタルの生物発光では酵素と基質の他にATPと酸素が必要ですが、ウミホタルにおいては酵素と基質、酸素のみで発光反応が生じます。

発光の利用

発光能力の用途と考えられるものの中でもっとも重要なものが求愛ディスプレイです。Morin (1986)において、ウミホタルの近縁種のオスが種特異的な発光ディスプレイで求愛を行う事が報告されています。ウミホタルについては決定的な報告がありませんが、オス個体が水面近くで螺旋旋回を行う事があり(Irie, 1953; Abe, 1994)、これが発光ディスプレイであると考えられています。

求愛が主たる用途であると思われますが、それではオスのみならずメスや幼体までもが発光能力を持っている事の説明がつきません。ウミホタルの発光能力は求愛の他にもいくつかの用途に利用されていると考えられています。主なものはlight bombと呼ばれる捕食者回避です。 ウミホタルは魚やカニなどに捕食されています。 捕食されそうになった瞬間に発光して捕食者を驚かせ、その隙に逃亡すると言われています。

発光能力の獲得

どの様にして発光能力を獲得したのかはまだ良く分かっていませんが、Abe et al. (1996)においてルシフェラーゼと消化酵素の特性の類似が指摘されています。分泌腺の位置や構造も似ている事から、消化酵素から発光酵素が派生したという予測がなされています。

Rees et al. (1998)では活性酸素防御物質からルシフェリンが派生したのではないか、との予測を示しています。活性酸素は生物にとって猛毒なので、生物体内には活性酸素の酸化力を殺すための物質があります。ルシフェリンの酸化されやすいという特性はそういった抗酸化物質と似た点があります。

発光能力の獲得に関する歴史的経緯としては次の様な事が分かっています。ウミホタルの祖先種がルシフェリン=ルシフェラーゼ反応とは異なる手段で光学信号を発振していた事が明らかになっています。祖先的なミオドコーパは主に回折格子を用いて求愛のための光学信号を出していた様です。回折格子で光学信号を発するためには体外に光源が必要になりますが、それでは月か太陽が出ている間しか利用する事ができません。また、化学反応による強力な発光に比べ、非常に弱い光しか発する事ができません。化学反応による光学信号発生機構は、従来使われていた回折格子よりも効率の良い光学信号の発生手段として獲得されたと考えられます(Wakayama and Abe, 2006)。いくつかの論文(Oaley and Cunningham, 2002; Cohen and Morin, 2003; Wakayama and Abe 2006)で発光能力の単系統性が明確に示されており、Myodocopinaにおける生物発光の獲得は一度しか生じていない事が分かっています。ウミホタルとは異なる亜目であるHalocyprinaにも生物発光能力を持つ種が存在しますが、発光物質の分子構造の違いからMyodocopinaの生物発光とは異なる起源を持つものであると判断できます。

他の生物による利用

ウミホタルなどの発光性ミオドコーパを捕食し、その発光物質を体内で分離、蓄積する事で自らが発光する生物が居ます。キンメモドキ、ツマグロイシモチなどがそうで、消化器官で発光物質を分離し自分の発光器官内で反応させて発光します(Haneda, 1972)。

イサリビガマアンコウPorichthys notatusの幼体もミオドコーパの発光物質を取り込む事で発光能力を確保しており、カウンターシェイド効果を生じさせて捕食者に見つかり難くしています。腹側を発光させることで下方から見上げた時に明るい海面に紛れてしまう訳です。自分で発光物質を生産する事はできず発光性ミオドコーパの生息していない地域の個体は発光能力を持ちません。(Mensinger and Case, 1991)

ヒトが利用した例もあります。有名なのは太平洋戦争中の大日本帝国。手軽に利用できる発光マーカとして利用しようとした様です。夜襲のための識別信号や道標、弾着確認用の発光弾などが想定されていた様です。どの程度実用になったのかは良く分かっていませんが、米軍がその存在を察知していた事から全く役に立たなかった訳ではないようです。

最近では教材会社あたりが盛んに利用しています。けっこう良い値段で販売されているみたいですねー。

単純な娯楽として電気刺激により発光させたり、採集した個体を浜や岩場に撒いて光らせ観て楽しむという事があります。 前者は個体を消耗させますし、後者に至っては海洋生物を生息領域外に撒いている事ですから確実な死を招きます。 大変お行儀の悪い行為であると思われます。

ウミホタルのルシフェリンは細胞内での化学反応を検出するためのマーカ物質として用いられたりもしています。

References

Abe, K. Nagata, T. Hashizume, H. (1996) Digestive enzymes from upper lip of a bioluminescent ostracod, Vargula hilgendorfii. Reports of the faculty of Science, Shizuoka university 30: 35-40.

Haneda, Y. (1972) 発光生物の話. Hokuryukan, Tokyo.

Mensinger, A. F. and Case, J. F. (1991) Bioluminescence Maintenance in Juvenile Porichthys notatus. Bid. Bull. 181: 181-188.

Rees, J. F., Wergifosse, B. D., Noiset, O., Dubuisson, M., Janssens, B., Thompson, E. M. 1998. The origins of marine bioluminescence: turning oxygen defence mechanisms into deepsea communication tools. The Journal of Experimental Biology 201: 1211-1221.

Wakayama, N. and Abe, K. (2006) The evolutionary pathway of light emission in myodocopid Ostracoda. Biological Journal of the Linnean Society 87: 449-455.